2017年8月11日金曜日

新人として

 6月から、ふらっとメンバーに加わった、小林です。

 まず、更新がしばらく滞ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。

 さて、私にとっては初めてのブログ投稿なので、何を書こうか悩んでおりましたが、つい先日、会話の中でたまたま「メディエーション」の話が出たので、そのことについて書きたいと思います。

 このブログを見ていただいている皆様の中にはご存知の方も多いと思われますが、メディエーションとは、「簡単に言うと当事者の話し合いで紛争を解決しようというシンプルな紛争可決手段」です。
(「実践ADR~調停センター”ふらっと”の挑戦~」より)

 ふらっとにおける調停人たちは、メディエーションに必要なスキル、すなわち一種のコミュニケーション技法のようなものを身につけ、調停の場において実践していきます。

 しかし、メディエーションの勉強している人もそうでない人も、日々の営みの中で、人と話をし、相手の気持ちを考え、相槌をうち、問題があれば自分たちで考え、紛争にならないようにうまくまとめたり、まとまらないなりに距離をとったり、喧嘩になっても仲直りしたり、ということを、人として当たり前に行っているし、それが、コミュニケーションの基本のはずです。

―――にもかかわらず、あえてメディエーションという名前を頂き、なんだかメディエーションを勉強している人が、していない人よりも偉ぶっているように見えて、なんとなくいけ好かない。

 つい先日話した内容はそんな感じでした。

 その人のおっしゃることももっともですし、実際に、メディエーションに興味を持って少し勉強しても、だんだん離れて行ってしまう人もいます。
もちろん、色々な考え方があって良いと思いますが、それでもやはり、私個人としては、紛争が起こってしまった場合、どうしてもメディエーションという解決方法が必要になる場面というのはあるのではないかと考えています。

 メディエーションがより多くの人に受け入れられるようにするには、メディエーションについての周囲の認識を、特別な紛争解決から、日々のコミュニケーションの延長というもっと身近なところに落とし込んでいく必要があるのかなと、私はそのとき感じました。

 私はまだまだ新米で、ふらっとの活動についても、まだまだこれからというところですが、頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 小林綾見

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