電話が鳴る。
「シンバチャン、人を感動させるにはどうしたらいい?」
そう聞こえた。10年ぶりくらいか。親ほどにも年の離れた昔の上司からだった。
そうすると、もう70代半ばくらいになられただろうか。
飲みに行って気分が乗ると、旧制高校の寮歌を一緒に歌うことが楽しかった。話題も豊富で、いつまでも盃を重ねた。
そういう人だから、突然のこの電話でこの振り。これはなにかのとんちかな。休日でだらっとした頭のキーを回して急発進。急加速で脳細胞をフル回転させる。なかなかウィットに富んだ答えを思い浮かべることができない。それにしても、難しいお題を下さるじゃないか。
「人を感動させる方法ですか?う~ん、それはやっぱり、方法を考えてはダメで、無欲な行為、まごころの成果っていうことじゃないですか。へへへ。」
我ながら、さえない答え。照れ笑いしても、さえないものはさえない。
「まごころねえ。困ったねえ。どうしても、ねえ。」
ますます混乱してきたぞ。気に入らない答えだったとしても、何かこう、もっと話が進展するような受け答えになるはずなのになあ。
恐る恐る、探りを入れてみる。
「ええと、何かありましたかねえ。」
「いやね、せがれがね、どうにも困っちゃってね。」
あっ。
「カンドーって、カンドーのことですか。ああ、カンドーのこと。カンドーはできないですよ。親子の縁は切れません。」
「勘当する方法はないの?」
「ないです。」冷や汗がでる。
「ないのかあ。フー。悪かったね、変な電話で。」
・・・こちらは焦るばかりでまともな話ができなかった。もしかしたら、相続人の廃除のような話だったのかな。それは、とんちで答えることはできない。
みんな、そういう切替をどうやっているんだろう。私は本当に修行が足りない。
調停人候補者 榛葉隆雄
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