このブログが始まって8年になりますかね。よく続いています。代々引き継いできたブログ管理者の皆さん、お疲れ様です。
私も年を重ね、いつ潮時かと考える今日この頃、ネタも少なくなり、書籍の引用になってしまいました。ゴメンナサイ。
今日は、お奉行さまご多忙でお調べがありません
~遺産分配で争っていた兄弟~
江戸時代。親を亡くした兄弟が、遺産分配の争いで奉行所に訴えた。
二人に呼び出しがかかったのは、厳冬の早朝だった。
一間に入れられているが、お互い物も言わなければ見向きもしない。火の気のない部屋の寒さは身を切るようだ。
ところがどうしたことか、夜になってもなんの沙汰もない。
兄「寒いのう。どうしたんだ」
弟「本当になあ。いつまで待たしやがるのか。馬鹿にするにもほどがある」
どちらからともなく話しかける。
兄「こんなはずではなかった。呼び出しがあるまで話そうや」
弟「うん」
………
兄「どうもオレが少し強引だった」
弟「そうでもないよ。弟の分際で欲深いことを言ったからなあ」と反省の弁がでる。
兄「いや、できるだけやるまいと、欲張ったオレが悪かったのだ」
弟「兄さんは親の面倒も看てくれたのだから、多く取るのは当然だ。少しでも貰えたら喜ばねばならんオレなのに、妻が差し出口をしたばっかりに、オレもその気になって、こんなケンカになっちゃって」
兄「いやオレの方も“やることはいらん”と、妻がいらぬ口をたたくもんだから……。親が生きていたら、どんなに悲しむだろうなあ」
弟「本当にいままで仲良く暮らしていたのに、どうしてこんなことになったのか。申し訳ない。オレは何もいらないよ」
兄「いや、親心を思えばおまえに半分やるのが当たり前だ。こんなことで争うのは、もうよそう」
弟「オレも賛成だ。そうしよう」
話がまとまったとき廊下に足音がして、使いの者がこう伝えた。
「今日はお奉行さまご多忙で、お調べがありません。後日呼び出しのあるまでお待ちください」
陰から、和解を奉行は待っていたのだ。
「光に向かって123のこころのタネ」(1万年堂出版)より
「時のチカラ」というか、「場のチカラ」というか、「対話のチカラ」というか。お奉行さまといえば大岡越前か遠山の金さんくらいしか思いつきませんが、江戸時代に現代にも通じるこのような裁き(調停)があったとは……。
いけがやみちお
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