2015年1月3日土曜日

「つもり」を無くそう!

新年明けましておめでとうございます。
委員の佐藤です。

1月1日から2015年がスタートしました。
年初は、皆さんいろいろな計画を立てると思いますが、私は、「つもり」を無くそう! を今年の自分の中のテーマとしました。

「言ったつもり」、「伝えたつもり」、「聞いたつもり」、「理解したつもり」と挙げていくときりがないですが、「つもり」だけでは人とのコミュニケーションは取れないし、時には「つもり」がすれ違いを生んで、トラブルになってしまうこともありえますよね。

お客さんや友人、家族など大切な人とのコミュニケーションをちゃんと取っていくためにも、そしてトラブルを予防するためにも、この「つもり」を無くすことを今年のテーマとしていきたいと思いました。

一年間、目標達成出来るように頑張ります!!

佐藤圭

2014年12月21日日曜日

無題

何を書いて良いかアイデアが出てきません・・・
感性が枯れてきているのかなと思います(汗)
子供の頃のような多感性は不要だけど、もう少し感性を磨きたい。
どうしたらよいか?
漫然と日々を送るのでなく、変化に富んだ生活をするしかないだろう。
生活習慣を変えてみる。
嫌な仕事でも受けてみる。
付き合う人を変えてみる。

仕事が出来る人や人望がある人って、感性が鋭い人が多いと思う。(個人的見解です)
言い換えると、機微が分かるみたいな。
調停人にも必要とされる能力ではないでしょうか?

池谷大介

2014年12月9日火曜日

Barn's burnt down, now I can see the moon



 昨年だったか、兵庫県の灘に行ってきました。

 灘五郷(今津・西宮・魚崎・御影・西)は、豊かな水に恵まれ、地元兵庫の米を使って杜氏による長い経験と勘による酒作りが行われてきた、灘の生一本という言葉でも知られている日本屈指の酒蔵の街です。
 日本酒好きにはたまらない・・・といいつつ、名だたる酒蔵の見学を。

 阪神淡路大震災での延々と炎に包まれる東灘区の光景が今でも私の目に焼き付いていましたが、今では街はすっかり、新しくなり、高層マンションが静かに立ち並ぶ間に、有名酒蔵の工場が点在していました。

 ある小規模の酒蔵で各種ある日本酒の中で、杜氏がすすめた「空藏」というお酒の銘柄の由来についてお話を伺いました。

「平成7年1月17日、
  神戸を大震災がおそった。一面の瓦 
 の中で杜氏はつぶやいた。   
 『蔵もつぶれて空しか見えない』と。
  あの日空をあおいだ同じ場所から
  新たな酒は生まれた。・・・・・」

 代々引き継がれてきたものがつまった酒蔵も崩れ落ち焼け落ちてしまった後、ゼロからの出発を決意した言葉だった と。
 
 
 この話からふと思い出した一句があります。元禄元年、自分の蔵が類焼した際、この一句を詠み平然としていたことを松尾芭蕉が聞き、「是こそ風雅の魂なれ」「その者ゆかし」と言い、便りを行き来することになり、師弟の契りが結ばれた水田正英の一句です。
          
     蔵焼けて さはるものなき月見哉

蔵は焼けてしまったけれど、蔵があったときには気付かなかった、蔵がなくなって初めて気づいたよ、ああ、いい月見だな。
あるべきであると思っていたものもなくなってみると新しい視点でものが見えるという意味かしら?
 既存の概念を打ち壊してみると、新たな世界が広がる。
 
 相容れない意見であっても、耳を傾けて理解しようとしてみたら、ふっと新たな世界が広がる、これぞはなしあいの原点かもしれませんね。                      御 室
                                                                      


2014年11月19日水曜日

説教という接客



ふらっとのブログはコミュニケーションに関するテーマについて書く、という縛りがある(かなりユルいけれど)のですが、今回は、他者とのコミュニケーションを図る機会としては回数の多い、自分が客として買い物をしようとしたときに経験した出来事について書いてみようと思います。
 
世間一般では、買物をしようとしてお店の人に説教されるという経験は、それほど珍しいことではない・・・のかも知れません。
ですが、靴のサイズを26センチだと答えただけで20分程も説教されるという経験はあまりないのではないでしょうか?

ある日、私がブーツを買おうとして、ある店に入ったところ、ちょうど探していたタイプのブーツが展示されていて、しかもセール中ということで3割引きなのを発見しました。
さっそくお店の方に声をかけ、26センチの在庫があるかどうか確認してもらおうとすると、「あなたの足が26センチのはずがない!」という言葉を皮切りに、延々とお説教されてしまったのです。

初めは「なんで靴を買おうとするだけでこんなに怒られてんの?」と思ったのですが、指摘されたことがことごとく当たってるんですよね。靴のつま先がどぶ板の穴に引っかかりやすいだろうとか、靴を脱いだ時に足の指が曲がっているのは靴が大きいから靴の中で足がずれないようにいつも指で踏ん張っていて、癖になっているからだとか。ついでに言うとサイズも私の足を一目見ただけで、ぴったりなものを出してくれました。
お説教されて嬉しい人は少ないと思いますが、ぐうの音も出ないほどに正論を並べられると納得せざるを得ないし、相手の言葉に耳を傾けたくなってきたのです。
 
細かなサイズの調整をしてもらっている間にも靴のことで説教されていたのですが、その次に靴を買うときにも、自然とその店に足が向かっていました。説教されたことでその店のファンになってしまった、ということです
耳触りのいい言葉だけがよい接客ではないのだという、貴重な体験でした。真似するのは難しいですけれど・・・。

竹下

2014年11月13日木曜日

聖マルティヌスの日

11月11日は、聖マルティヌスの日だそうです。
ポッキーの日でもありますが・・・。
聖マルティヌスとは、キリスト教の聖人の一人で、元々は兵士だったのですが、
その後、キリスト教の洗礼を受け、司教となりました。
マルティヌスは、兵士の頃、雪の中で凍えていた半裸の物乞いに、
自らのマントを半分裂いて与えました。
その夜、マルティヌスの夢の中に、半分のマントをまとったイエス・キリストが現れ、
「まだ受洗もしていない兵士マルティヌスが、私にこのマントをくれた」と言ったそうです。
この物乞いはイエス自身であったと言い伝えられています。

私は、キリスト教信者ではありませんが、娘の通うシュタイナー教室では、
毎年、この時期に、このマルティヌスの話を聞きながら、人型のパン(ドイツでは、
ヴェックマンというようです)をみんなで分け合って食べます。

マルティヌスが、物乞いにマントを全部与えるのではなく、半分に裂いて与えたのは、
相手を助けつつ、自らも凍えてしまわないように、ということだそうです。
相手も、自分も大事にすることが大切なのだそうです。
まさに、ウィン・ウィンですね。

大竹

2014年10月22日水曜日

当たり前だと思っていたのに・・・・・

最近、ちょっとしたことがありました。

秋になり、柿のおいしい季節になりました。

ひょんな事から柿をもらうことができ、皆で柿を食べました。

さて、皆さん柿は皮をむいて食べますか?皮ごと食べますか?

私は柿は皮ごと食べます。皮ごと食べることが普通だと思っていました。

私が柿を食べていると周りから奇妙なものをみるような視線を感じました。

どうしたの?と聞いてみると、
皆は、柿は皮をむいて食べるのが当たり前だとのこと。

自分が当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではない。

小さなことですが、そんなことを感じました。

ちなみに、静岡県の柿の生産量は全国11位だそうです。

                                                       渡 辺

2014年9月22日月曜日

全青司ふくおか全国研修会

9月20日、21日に福岡で開催された標記研修会に参加してきました。


参考:全青司ふくおか全国研修会HP
http://www.kntbc.jp/zenseishi-fukuoka/


この全青司(全国青年司法書士協議会)主催の全国研修会は、年1回開催されています。
(3年ほど前に浜松でも開催しました。)


研修会の基調講演は、あの有名な尾木直樹さん(尾木ママ)でした。
(撮影禁止だったので画像ありません。すみません。)


ホールの3階席が一般に開放されていたのですが、さすが尾木ママ。


司法書士用の席は空席がちらほらあったのにそこだけ満席ですごい熱気。


尾木ママが3階席に呼びかけると3階席全員がクイックレスポンス。


「これは全青司の全国研修会なのか」と一瞬自分がどこにいるのかわからなくなりました。
(そのくらいいつもの全国研修会の基調講演と雰囲気が違う!)


とりあえず大人になっても親子でお風呂に入っている人がいることを知りました。
(あの有名人親子もそうだったとは…。)


あなたの隣にも案外そういう人がいるかもしれません。


このお風呂の問題を尾木ママは研究者としてすでに理論付できているようでしたが、その辺の解説はありませんでした。


尾木ママは、本をたくさん出している(200冊!)ようなので、このお風呂問題のことを書いている本を今度探して読んでみたいと思います。



宮内