2011年2月21日月曜日

登山家 栗城史多さんのお話を聴いて・・・

 センター長の小澤です。

 先日の登山家、栗城さんのお話は、大変素晴らしいものでありました。ありがとうございました。

 芝事務局長の熱烈なラヴ・コールに応じていただき、ご多忙のところご講演をしていただいたわけですが、期待通りと言いましょうか、期待以上に「力」をいただけたお話であったと思います。
 芝事務局長が、講演終了後、「自分を売り込む力」を感じてほしかった・・・と目をキラキラ輝かせて語ってくれたのが印象的でした。
 
 一方、栗城さんのお話の中で私が感じたのは、「コトを起こすにはシンプルな動機がいい。しかし、それを継続するには、以後、さまざまな気持ちをモチベーションに昇華させる必要があるのでは・・・」ということであります。

 栗城さんは、ご自身を振り返り、ニートだった自分が登山に興味を持ったのは、当時交際されていた女性の存在であった・・・話されていました。とてもシンプルで、動機づけとしてはこれ以上はないかもしれません。ただ、思うに、それだけで、ここまでの活動は成し得なかったのではないでしょうか・・・
 その点については、お話の中で、ストレートに聴くことは出来ませんでしたが、自らの名刺に克服した山をチェックしていくようにされたり、自身を鼓舞するためのノウハウをいくつもお持ちなのだろうなあ・・・と感じました。

 そして、さまざまな紛争の解決にあたる私たちも、そのようなノウハウを身につける必要性を強く感じた次第です。
 
 以上、センター長の小澤でした。

2011年2月18日金曜日

あっという間

運営委員の井上尚人です。
私は本年1月で司法書士になって10年が経ちました。
ありきたりですが、あっという間の10年でした。


10年前・・・
司法書士業界の何たるかも知らず、社会人の常識も身につけない
まま、とにかく30才までに事務所を持ちたい一身で開業に向か
って奔走したことを覚えています。


本当に何もわかってなかった(笑)
司法書士を目指していたにもかかわらず、司法書士が具体的に
どのような仕事を行っているのかさえわからない、司法書士に
なることが目的化していたように思います。


しかし、何もわかっていなかった司法書士が今では調停の手続
実施者をやっています。開業当時、自分のこんな姿を想像でき
たでしょうか?司法書士像がこれほどまでに変わることを予想し
た人はいたでしょうか?


10年前からちょっと数えただけでも、成年後見関連、特定調停、
個人版民事再生、簡裁代理権、破産法、会社法、不動産登記法、
割販法、特商法、貸金業法、そしてADR法が改正されたり新た
に立法されたりしました。


これほどめまぐるしく制度が「動いた」時代に司法書士になれて
幸運です。開業当初から、新しい分野に挑戦できる状況が目の前
にあったのです。面白い10年をすごすことができました。


さあ、これから10年後はどうなるのか?やはり社会はどんどん
変化し、制度も「動き」続けるのでしょうね。


そのとき自分はどうしているのでしょうか・・・
またあっという間にブログで報告しているんでしょうね(笑)
あ・・ブログが10年後もあれば。

2011年2月8日火曜日

さくや姫プロジェクト

こんにちは。
事務長の芝です。

静岡県男女共同参画の一環として
さくや姫プロジェクトという静岡にゆかりの女性160名
を特集する企画に掲載されました!

http://sakuyahime.jp/?post_type=sakuyahime&p=1943

ふらっとの活動について記載されています。
ぜひご覧ください!

2011年2月7日月曜日

感動すること

山田です。先日,アマチュアオーケストラでヴァイオリンを弾いている同業者の知人のお誘いをいただいたので,コンサートに行ってきました。場所はミューザ川崎シンフォニーホール,演奏曲目はマーラーの交響曲第3番です。クラシックをご存じの方はこれだけで,知人が所属しているアマオケがかなり本格的だとおわかりでしょう。3番はマーラーの交響曲の中でも長大な作品で100分ほどを要します。私は,昨年,同じホールで同じ曲を,世界レベルの超名門,ヤンソンス指揮ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団で聴いたばかりでした。知人の所属するオケの技量が比べものにならないことはいうまでもありません(アマチュアとしては驚異的なレベルですが)。でも,非常に感動しました。この曲は静寂から歓喜のクライマックスに至る,終楽章が特に素晴らしいのですが,この楽章でオケのメンバーの深い思い入れ,曲に対する愛情が,客席にまで伝わってきました。知人は,終楽章を涙ながらに弾いていたと言っていました。言葉ではない,人間の感情が”音楽”によって,別の人間にも伝わることを改めて感じました。私たちの仕事は日ごろ,言葉や文字から感情や考えをつかみ,それを論理的に構成する作業が主だと思います。いわば左脳労働中心なのです。でも,人間は,言葉にならない感情表現もするのです。その意味においては,右脳を使う=芸術を楽しむ行為も必要なのだなと思いました。

2011年1月20日木曜日

18年ぶりの再会

 昨年12月上旬、私の母親が左手首を複雑骨折しました。当日は、私が夜間救急に連れていき、そこでは、レントゲン等の設備がないということでしたので、浜松市内にある総合病院に連れていきました。


 その後、母親はその総合病院に何度か通っていたようですが、大晦日も迫ったある日、母親が主治医となっていただいているという西村龍雄(仮名)医師を知っているかと尋ねてきました。私は、その名前にピンときました。とても懐かしいお名前でした。


 西村医師は、私の中学の先輩で、なおかつ、同じ部活の先輩で、「ニシタツ」先輩という愛称で呼ばせていただいる関係でした。1学年年上で、大変お世話になった先輩でした。先輩と私とは高校は異なりましたが、通学方面が同じでした。私が高校に進学したばかりのときは、ニシタツ先輩も私と同じ部活であり、朝練などで途中まで一緒に自転車をこいで学校に行っていました。また、試合などでもご一緒させていただいていました。

 ところが、私が高校1年の初夏の頃、いつものように一緒に先輩と学校に向かっているとき、ニシタツ先輩から「オレ、医者になりたいから、部活辞めるよ」と告白を受けました。そして、その後、程なく先輩は退部されたようです。それ以来、お互い生活習慣が変わったためか、私はニシタツ先輩と顔を合わせることはありませんでした。その後、私が高校3年に進級する前、ニシタツ先輩が、とある医科大学に現役で合格したことを新聞で知りました。


 1月4日、母親がニシタツ先輩に診てもらいに行くということだったので、いい年して母親と一緒にいるのも恥ずかしいと思いつつ、母親に付いて病院まで行きました。

 そこで、18年ぶりにニシタツ先輩と再会できました。先輩は相変わらずの方で、私は中学高校時代を思い出し、何だか甘酸っぱい感傷に浸ってしまったのでした。交わした言葉は、ほんの僅かでしたが、立派な医師となったニシタツ先輩が私の母親を処置をする姿を見て、なんだかとても嬉しくなりました。

 人との出会い、再会は素晴らしいものと改めて感じた次第です。 

調停人候補者 本木敦

2011年1月5日水曜日

新年あけましておめでとうございます

本年もふらっとブログを引き続きご愛読ください。

みなさん、1月1日はどのように過ごされましたか? 

初詣にお出かけになられたかた、旅行に出かけられたかた、それぞれの過ごし方があったかと思います。よろしければ、皆さんは1日をどのように過ごされたか、コメントをください。(ゼヒ!)

僕は朝7時に起床して、御殿場アウトレットモールへ長男と二人で福袋を買いに行ってきました。大きな富士山を眺め、あの人混みに揉まれると、僕にとっては「お正月」って感じです。今年は、恒例のフランフランの生活雑貨福袋(これ、とってもお得です)と、GAPの子供服を購入。行列に並びたいのをグッとこらえたので、無駄遣いせずにすみました(笑)。

さて、本題です。
帰宅後、上の子二人とかるたをして楽しみました。「ドラえもんのことわざかるた」です。ドラえもんが読み手となって(CDからドラえもんの声が流れます)、三人で札を取り合いました。9歳の長男は、勝負事に負けそうになるとすぐに泣きべそをかきますが、今回は最後まで集中力を切らさずに頑張りました。6歳の二男は、やっと覚えたひらがなを披露しようと、1枚ずつ札を読み上げて得意げでした。かるたを一通り取り終えた後は、二人とも気に入ったことわざを何度も繰り返して笑っていました。かなりの数のことわざが頭に入ったようです。

楽しんで学ぶ! やっぱりこれが一番ですね。ADR・メディエーションの研修は、体を動かすワークが多く、楽しんで学習できるので僕は大好きです。みなさんも、一度、体験されてはいかがでしょう?

それでは最後に。
”ふらっと”の調停に関連しそうなことわざを、ドラえもんのことわざかるたから拾ってみました。

★雨降って地固まる
★急がば回れ
★魚心あれば水心
★三人寄れば文殊の知恵
★まかぬ種は生えぬ
★わが身をつねって人の痛さを知れ

どうでしょう? 
みなさんも思いついたことわざがあれば、コメントをください!

調停人候補者の増田でした。

2010年12月30日木曜日

波と風と雲と太陽と運

 お正月はあまり天気がよくないという予報が出ていたので、ちょっと早いが12月30日に日の出を見に行ってきた。

 冬は、波と風が厳しい遠州灘であるが、今日ばかりは大変穏やかに僕を受け入れてくれた。しかしながら、こっちを立てればあっちが立たず、というわけではないだろうが、東の空には雲がかかり、赤味が差してきたものの、お天道様は顔を見せてくれない。
 まあ、考えて見れば、物ぐさな僕が気まぐれに朝日を拝もうとしても、そんなに都合よく太陽のきれいな顔を見せてくれるほど自然は甘くないということなのかもしれない。

 僕たちの暮らす社会も同じような事が言えるのかもしれない。物事を達成したり喜びを味わうためには、その瞬間に使うエネルギーの何倍、いやも何十倍もの努力が必要なのかもしれない。また、そうした努力だけでは足りず、運やタイミングであったり人との出会いという偶然が重なって、初めて物事が成就するということだってあり得る。もっとも、こうした偶然を引き寄せる原動力も不断の努力の結果として「実力」という単語で評価されることもあるほどだから、「努力は報われる」と信じて努力を重ねるしかないのであろう。

 「この年になって、そこまでの悲壮感を背負うのは些か辛いものがあるなあ」などと考えていたところ、太陽が雲の間からほんの少しだけ顔を出して僕の顔を照らしてくれた。そうか、こういうこともあるのだ、運が先に来ることもあるのだ。僕は少しだけ気持ちが楽になった。

調停人候補者  古 橋 清 二