2016年9月22日木曜日

「幸せ」を見つける力

先日、このブログに「増田家に柴犬がやってきた」が投稿されましたが、我が家にも4ヶ月ほど前にひょんなことからダックスフンドがやってきました。


年齢は8歳。雄。ヘルニアを患っていて後足は動きません。前足の力で下半身をひきずって歩いている状態です。元の飼い主さんが高齢になり、この子が麻痺を抱えているため思いの外世話に手が掛ることから、手放したいとの話がありました。新たな飼い主さんを見つけるにも、ちょっと難しそうだなと思いましたが、近所の動物病院にお願いして里親募集をして貰いました。でも、飼い主さんが見つからないまま日が経ってしまいました。


そこで、我が家にこの子を迎え入れました。


これまで4頭のワンちゃんを家族に迎え入れてきましたが、ヘルニアで歩けない子は初めてです。今までと勝手が違い戸惑う日々。


「何をどうしてあげたらこの子が快適に暮らせるのかな。」


まず、足を引きずっても痛くないようにフローリングにカーペットを敷き、排泄がうまくできなくて身体がすぐ汚れてしまうのでおむつを使用、動かなくなった後ろ足は毎日マッサージとストレッチを開始、ワンちゃん用の車椅子がリハビリになると聞きこれを調達。


些細な変化に目を配り彼と向き合っています。


そして四か月が経った今。後ろ足の感覚が少しずつ戻ってきて、絡んだ足を自分の力でほどくことができるようになり、少しの段差なら昇れるようになり、腰を自分の力で少しだけ持ち上げられるようになりました。そして全く動かなかった尻尾も動かせるようになりました。


一つずつ出来ることが増えていくこと、尻尾が振れるようになり嬉しさを表現してくれること。
一緒にご飯を食べて、寝て起きて、おはようおやすみを言えること。


今、我が家に彼がいてくれることで、生活のふとしたことに喜びを感じられるようになりました。


目の前にはたくさんの幸せがあるのに、見過ごしてきてしまったんだなって気付かされる今日この頃。幸せになるって何かを掴みとることではなくて、幸せを感じる心を養うことなのかもしれません。


これからも彼と一緒に「幸せ」を見つける力(=感じる心)を養っていきたいと思います。


見城美妃







2016年9月15日木曜日

好きな作戦は「みんながんばれ」です。



自宅で、夜中でも手軽にストレスが解消できる方法はないかと考えていたら、テレビゲームが頭に浮かんできました。


と言っても、ドット絵の画面でプレイしていた世代には、最近のすごいグラフィックのゲームはちょっと入り込めそうにないので、かつて小学生の頃にプレイしていたRPGのリメイク版で、たまたまうちにあるプレステ2でもプレイできるソフトが出ていないか、ざっと調べてみました。


すると、これは、と思っていたものは中古ソフトで250円とかで売られています。しかし、ここで手がとまりました。


よっしゃ、これを買って、プレステ2にセットして、最初はあの村から始まって、なんやかんやレベル上げて装備買って、あいつを仲間にして、あいつがパーティーから出て行って、最後にあいつを倒したらええねんな、と考えていたら、急激に虚しくなりました。そこまで全部わかっているのに、楽しいはずがない。


ほな、やったことないソフトならええんかな、と他のものも見てみたのですが、同じでした。ストーリーは知らんけども、たぶんなんやかんやレベルあげて装備買って、最後に強大な敵を倒すだけやんな、と。その虚しさは、RPGだけでなく、戦国の世に降り立って天下統一するシュミレーションゲームでも同じです。


いま考えると、どうしてあの当時そんなわかりきったものを延々と、なんだったら4回も5回も最初から繰り返しプレイしていたのか・・


これが大人になるということなのか、と実感するとともに、子どもというのはなんと毎日が楽しかろう、と羨ましくなった次第です。



と、この話を、かつての自分の気持ちや心の性質すら理解できないのに、いわんや他人の心においてをや、といった教訓譚に持ち込もうかと思いましたが、そんなの取ってつけたようだぜ!嘘くせぇ!ビバ子ども!それだけでいいんだ、それだけで!オーイェ!フヮッフー!



ほら、ついさっき自分の書いたものでも、理解が危ういでしょう・・?


そんなものです・・そんなもの・・


青野 雅之

 

2016年9月7日水曜日

今日も走りたい


数年前から毎日走っている。

現在のランニングの月間目標は250㎞である。毎日10㎞走れば月に300㎞になるが、雨の日や休養日もあるから月間250㎞は大変である。

ちなみにオリンピックを目指す選手は月間1000㎞以上を走るのはあたりまえのようである(距離だけでなく中身が濃いのであるが)。

オリンピックを目指すような選手は別として、我々のような市民ランナーは、何とも非生産的な作業を毎日続けているのである。

走っていれば気持ちが良いときもあるが、苦しいときの方が圧倒的に多い(その苦しいのが良いのかもしれないが)。長い距離の練習には時間がかかるし無理をすれば故障をして医者にもかかる。レースに出場すれば参加費もかかるし交通費・宿泊費もかかる。泊りがけで遠征に出かけて失敗レースをしたときなど、何でこんなに遠くまで来て、こんなことをしているのだろうと情けなくなりながら走ったこともある。レースでは苦しい思いの連続で、ゴールの一瞬が気持ち良いだけだ。

市民ランナーの殆どは、足腰に故障を抱えながら走っている。私も膝の故障を抱えながら走っている。ずいぶん前のことになるが、医者に「貴方の膝は軟骨が磨り減っていて痛いのです。磨り減ったものは再生しませんから、痛みのあるときは静かにしていてください。」ときつい言葉で突き放されたことを思い出す。静かにしていても膝痛は良くならないし、筋力も落ちるばかりなので、故障を抱えながら走っている。

ほかのランナーに話を聞いても、なんらかの故障を抱えながらも走っている。どこも痛くないランナーなんていないのではないだろうか。

フルマラソンを走った後は風邪をひきやすくなる。フルマラソンは体のためには負荷が強すぎて、一時的に風邪のウイルスや菌への抵抗力が低下してしまうのである。フルマラソンは、健康にはあまり良くないのかもしれない。

健康維持のためならウォーキングで充分である。私も走る前はウォーキングをしていたが、冬場に歩いていると寒くて仕方ないので走り始めただけのことである。

レースに出場して自己記録の更新を目指し、去年より今年、今年より来年の記録が良ければそれも楽しみであるが、いずれ記録は伸びなくなる。

何のためには走っているか分からないが、それでも、今日も走りたい。



宮内豊文

2016年9月4日日曜日

借家やアパートで家具固定はできるのか?

 
 借家やアパートにおいて、L字金具やベルト式の器具を使用し、家具を壁や柱にネジで固定することが、善管注意義務違反とならないか。司法書士は、そんなことをつい考えてしまう。
 
 私なりの結論としては、建物所有者が承諾すれば別段、承諾しないのにそのような方法で家具を固定すれば、現在の社会情勢では、善管注意義務違反と判断される可能性がある、と考えている。

 しかし、過去の地震災害における家具転倒による被害を省みれば、人命を守ったり、負傷を防いだりするために、持ち家のみならず、借家・アパートにおいても、堅固な家具固定ができる環境を調えていくべきだろう。「何とかならないものか。」、つい思案してしまう。おそらく、建物所有者も、「部屋の壁や柱を穴だらけにしてほしくない。でも、災害のときに入居者に万一のことがあったら取り返しがつかない…。」、そう逡巡しているのではないだろうか。

 そんな思いを巡らしていたところ、袋井市が行っている「賃貸住宅における家具等転倒防止器具給付事業」が目に飛び込んできた。その事業は、部屋の壁に防災レールとベルトの設置を助成・促進するもので、それらを用いて家具固定をするよう入居者に奨めるのである。この方法であれば、建物所有者にとっては、災害時の被害を低減できることはもちろん、壁等がネジ穴だらけになる事態を回避でき、さらには他の物件との差別化も図ることができよう。また、入居者にとってみても、家具を固定する器具を購入する負担が軽減されるほか、DIYで固定する際に壁の強度を心配しながら作業する必要がなくなり、さらには模様替えに伴う家具移動も可能である。

 借家やアパートにおけるネジ止めによる家具固定の問題は、現状のままでは、建物所有者、入居者のみならず、借家やアパートに関わる事業者にとっても、災害時の人命に関わるだけに、心の晴れない状態にあるといえるだろう。袋井市の事業のようなウィンウィンの輪が広がっていけば、災害時の被害を少しでも減らすことができよう、そう期待してやまない。


小楠展央

 

2016年8月24日水曜日

増田家に柴犬がやってきた

【司法書士あるある】知らない土地を徒歩や車で移動していると、「司法書士」と記載のある看板に目が止まる。
 
 みなさん、こんにちは。
 本日は8月24日(水)。わが家の子どもたちは、明日から二学期が始まります。
 夏休み前半から、口酸っぱく「宿題は早めに終わらせるんだよ」と言ってきましたが、やはり最後の3日間に大慌て。
 特に長女は、読書感想文・自由研究・図画工作の「夏休み三大課題」を最終日ギリギリで仕上げました・・・
 
 さて、タイトルのとおり、わが家に柴犬がやってきました。
 きっかけは、次男の誕生日。
 他の子と違い、次男は昨年まで誕生日プレゼントを欲しがることがありませんでした。そして、今年も特にないだろうと思って次男に聞いてみると、返ってきた答えは、「犬が欲しい!」。
 次男が最後まで責任を持って世話することを約束して、犬を飼うことになりました。
 
 そんなこんなで、わが家にやってきたのは、生後2か月の黒柴。
 ブリーダーのところで5匹産まれたうちの最後に残った1匹ということで、他の子犬と比べて元気がなく、弱々しく、小さい感じがしましたが、次男の強い希望により、わが家へ迎え入れることになりました。

 名前は「リク」。
 


 それから2か月が経ち、リクは一回り大きくなりました。食は相変わらず細く、頼りない体形ですが、元気いっぱいに子ども達にじゃれついてきます。次男は毎日、朝と夕方の食事を用意し、排せつ物の処理も欠かしていません。リクはすっかり、増田家の一員になりました。

本題

 犬を飼うと決めてから、ホームセンターやデパートに行くとペット用品売り場が直ぐに目に止まるようになりました。自宅から一番近いホームセンターはペット用品がとても充実しており、広い売り場面積を占めていましたが、犬を飼うまではそのことに全く気付きませんでした。

 やはりヒトは、目に入る膨大な量の画像情報の中から、自分に関係のある、もしくは関心のある情報を知らぬ間に取捨選択しているんですね。
 
 これって、すれ違う女性の姿に目がいってしまうのも同じ・・?

                                                                                                      増田真也

2016年8月18日木曜日

「話を聴いてくれてありがとうございます」

準備段階も含め調停センターに携わるようになって10年は過ぎただろうか、最近ふと気づいたことがあった。
日々の業務の中で、以前より話を聞くことに対して感謝の言葉をいただくことが多くなったような気がするのだ。

以前と何が変わったのか。

いわゆる「聴く」ことは意識している。
では、「聴く」とは何なのか。

先日、私に「聴く」ことの基本中の基本を教えてくださった方のお話を久しぶりに拝聴することができた。

話をしている人の「鏡」になる。

私はハッとした。そして、反省をした。
いろいろなスキルを使って「聴く」ことは意識していたが、いつしか「聴いてあげている」になっていなかったかと。

そうした中、事務所に相談の電話が入った。
話の内容としては、相談者が相手方の行為を否定しつつも自分自身を否定する部分があった。私は、相談の内容を整理しつつ、相談者の様子を言語化した。
否定的な話は、ほっておいても否定的な話として整理され、解決策が提示される。
一方で、相談者は孤独である。自己肯定感が充たされない状態に陥っている。
だからこそ、相談者自身ががんばってきたこと、がんばっていること、大切にしていることを敢えて言語化する。相談者に自己肯定感(居場所)が戻ることを祈りつつ。
相談者の言葉の端々からもれる微かな「光」をしっかりと映しだすことを私は意識した。

「鏡」はすべてを映しだす。悪いことも「良いこと」も。

今回の相談者からもいただけた言葉を今後も大切にしていきたい。
「話を聴いてくれてありがとうございます」

運営委員 名波直紀



2016年8月11日木曜日

久しぶりの調停でした。

先日、久しぶりに調停人を務めました。
記録を調べてみると、何と6年ぶり・・・
 
改めて“ふらっと”で出版した本や規程類を読み返し、ご利用いただく当事者の皆さんに実質面でも手続面でも
落ちがないようにと努めましたが。。。
何度やっても胸を張って「いい出来だった」とはいかないものです。
 
しかし、何事も経験。
新しく“ふらっと”の運営に携わるようになった司法書士の皆さん、早く経験してみましょう!!
 
 
(中里)